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「たま」と柳原幼一郎と柳原陽一郎の距離

In 「たま」の話, 音楽の話, 好きな音楽の話 on 8月 9, 2012 at 12:37 pm

今回のやなちゃんのライブはすごく良かったぞ

2012年8月5日、僕にとって2回目となる柳原陽一郎氏のライブに行ってきた。
その日は50歳の誕生日ということもあってか彼の今までの音楽活動を振り返るようなライブで、初めてライブハウスで演奏したという「牛小屋」から始まって「たま」時代の曲、そしてソロになってから現在に至るまでのターニングポイントとなったような曲を年代順に演奏していくというとても感慨深い内容だった。

僕は彼が居た「たま」というバンドのファンだ。そして彼が「たま」を脱退したこと、「たま」時代の「柳原幼一郎」とソロのミュージシャンとしての「柳原陽一郎」に結構ギャップがある事をちょっぴり残念に思った人間のひとりである。

だけど同時に、今の彼の歌を聴けば聴くほどそれは必然だったんだという気持ちが強くなるし、ソロのミュージシャンとしての「柳原陽一郎」の凄さを感じている。

というような話は前回ライブに行った時にもブログに書いたのだけれど、今回は2回目という事でさらに掘り下げた、妄想を含む考察。「たま」ファンであり現在の「柳原陽一郎」にも肯定的な立場から、どうして「柳原幼一郎」と「柳原陽一郎」の間にはギャップがあるのか?脱退は必然だったのか?という部分に関して、思った事を書いていきたい。
 

たま」らしさとは

今回のライブで「たま」時代の曲とソロの曲を連続して聴いて思ったのは、「たま」時代の彼の曲にある「たま」らしさとでも呼ぶべきものが、ソロになるとはっきりと消滅するということ。さらに言えば「たま」時代の曲でさえ、今の彼が演奏すると「たま」らしさが消えているものもあった。これは両者を聴き比べれば誰しも少なからず感じる事だと思う。

そこで僕が思ったのは『やなちゃんは結構意識的に「たま」らしい曲を作ってたんじゃないかな。』ということである。

「たま」の四人のメンバーのうち、結成から解散まで在籍し続けたのは二人。石川氏と知久氏。滝本氏は途中から加入し、柳原氏は途中で脱退している。
そこから考えても「たま」はやっぱり石川・知久のカラーの強いバンドだったんではないかな。
服装や髪型に関しても、石川・知久はデビュー時から変化が少ないのに対して柳原・滝本は結構変化している。特に初期の滝本氏の服装なんかは、かなり「たま」らしさという事を意識した「衣装」だったんじゃないだろうか。石川・知久の二人は普段からあの格好をしていても不思議ではないが(おそらく実際にそうだったはず)滝本氏が普段からあの格好で街を歩いているとは思えない格好が多い。
「たま」は、特にデビュー当時は、ビジュアルとサウンドがリンクしたとてもコンセプチュアルなバンドだったと僕は思っているのだけど(ある意味「ビジュアル系」だと思う!)、そのコンセプトを生み出したのは石川・知久によるところがかなり大きいと僕は思う。

という訳でここからは、異論はあるかもしれないけれど、『「たま」は石川・知久のカラーの強いバンドだった』という仮説を前提として話を進める。
 

「ひとりだけ普通の曲の人がいるよね」

友人に「たま」のCDを貸した時、その友人がこのような事を言っていた。その「普通の曲」というのは滝本氏の曲の事で、まあ実際は全然普通ではないんだけど、とにかく他の三人の曲からすこし浮いているのは間違いないだろう。

つまり滝本氏は石川・知久のカラーが強いバンドに居ながら、その事をそんなに意識せずに曲作りをしていたのではないか。柳原氏に比べると滝本氏の方が「ソロになってから変わってしまった」という印象が薄いのは当時からちょっと浮いてたからなのだ。染まってなかったというか。
 

「陽一郎」のほうが自然体なんだろうなー

そんなマイペースな滝本氏と比べて柳原氏はバンドのカラーに合わせた曲を作っていたため、ソロになってそのカラーが抜けてしまえば「変わってしまった」という印象は強くなる。そう考えるとすごく辻褄が合う感じがしないだろうか。

そうすると脱退に関してもしっくりくる。石川・知久のカラーが強いバンドで、滝本氏はあまりそれを気にせずに曲を作っていたとすると、極端に言えば、柳原氏だけが本来の自然体じゃなくある意味無理して「たま」らしい曲を作っていたという事になる(「極端に言えば」ね)。

他の3人はうまい事自分の中でバランスを取ってやっていたが、柳ちゃんは「やるとなったら、とことんひとつの事に専念するタイプ」でもあったので、「たま」との両立が難しかったのであろう。それはその人その人の性分だから仕方ない。

と、メンバーのソロ活動に関して石川氏が著書『「たま」という船に乗っていた』の中で言っているけど、4人の中で柳原氏が一番ソロとのギャップがあって、だけど当然お客は「たま」のメンバーの柳原幼一郎を観に来るわけだから、他のメンバーに比べて『「たま」との両立が難しかった』のは当然だろうと思えてくる。

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という訳であえて極端に、「バンドのカラーを作った二人と、それを気にしないマイペースな人と、カラーに合わせてちょっと無理してた人」というデフォルメした図を描くと、柳原氏の脱退やソロとのギャップがすごく必然的だったという感じがしてくる。

僕は彼のライブを観ながらこんなことを思った訳である。そしてきっと今はとても自然体で曲を作り、歌っていて、それは非常にかっこ良くて魅力的だったのだ。

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  1. 知久さん石川さんが好きです。
    他の2人はふつうの人って風に見えますが。偉大なバンドです。心が落ち着きます。

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