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「NICE AGE」に吹き込まれたメッセージとYMOと幻の来日公演

In ポール・マッカートニーの話, 音楽の話 on 10月 31, 2012 at 1:29 pm

ウイングス来日公演のパンフレットの表紙。

「NICE AGE」に吹き込まれたメッセージの謎

イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の「増殖」というアルバムの2曲目、「NICE AGE」という曲の間奏には女性の声で次のようなセリフが挿入されている。

「ニュース速報。22番は、今日で1週間に経ってしまったんですけれども、でももうそこにはいなくなって彼は花のように姿を現わします。Coming up like a flower…」

というような感じ。何のことやらよくわからないセリフだけれど、僕はこの「Coming up like a flower」というフレーズには聞き覚えがあった。それはポール・マッカートニーの「Coming Up 」という曲の歌詞だ。「Coming up like a flower」という歌詞がサビに使われている。

そしてなんとポールはこの年に日本に来日して、大麻所持のために逮捕・拘留されている。「増殖」発売の約4ヶ月ほど前のことだ。

調べてみるとこのセリフはサディスティック・ミカ・バンドのミカによるもので、どうやらポールの妻リンダから夫へのメッセージらしい。

問題の「NICE AGE」。メッセージは1分17秒あたりから。

しかし!なぜYMOの曲に、しかもミカによって、ポールへのメッセージが吹き込まれることになったのだろう。
その謎を、ポール、ミカ、YMO、そしてクリス・トーマスという人物の人間関係から、推測や妄想も含めて今から描いてみたいと思う。
 

時系列で見てみる

まず1980年前後の、今回の件に関連する出来事を時系列でまとめてみたい。あんまり関連しないのも含みますが。
重要な人物や項目は赤字にしています。

1968年 ビートルズのアルバム「The Beatles」(通称ホワイトアルバム)発売。アシスタント・プロデューサーとしてクリス・トーマスが参加。

1972年 サディスティック・ミカ・バンドに高橋幸宏が加入。

1974年 サディスティック・ミカ・バンドのアルバム「黒船」発売。プロデューサーはクリス・トーマス

1975年 クリス・トーマスミカの不倫が原因となり加藤和彦と離婚、サディスティック・ミカ・バンドは解散。

離婚後、ミカはロンドンに在住する。

1978年 細野晴臣坂本龍一高橋幸宏の三人によるイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)結成。

1979年 ポール・マッカートニー率いるウイングスのアルバム「Back To The Egg」発売。プロデューサーはクリス・トーマス

1980年1月 ウイングスが来日ミカはウイングスに同行して帰国する。

しかしポール・マッカートニーが大麻所持で逮捕され、来日公演は中止となってしまう。
そのままウイングスは活動を休止。

1980年5月 ポール・マッカートニーのシングル「Coming Up 」日本で発売

1980年6月 ポール・マッカートニーのソロアルバム「マッカートニーⅡ」(「Coming Up 」収録)日本で発売。

1980年6月 YMOのアルバム「増殖」発売。(「NICE AGE」収録)

1980年12月 ジョン・レノンが殺害される。

1981年4月 デニー・レインがウイングスを脱退(ウイングスの実質的解散)。
 

だいたい分かったでしょ

ポールがクリス・トーマスと初めて一緒に仕事をした1968年から、ビートルズ解散後にポールが作ったバンドであるウイングスが解散する1981年までの流れをみてもらったわけだが、これでなぜ「NICE AGE」にそんなメッセージが吹きこまれることになったか、なんとなくおわかり頂けたと思う。

さらに付け加えると、
クリス・トーマスがサディスティック・ミカ・バンドのプロデュースをする事となったきっかけはミカ・バンドが、当時クリス・トーマスがプロデュースをしていたロキシー・ミュージックの前座をつとめたことだったという。
さらにウイングスはそれまでのアルバムはすべてポールのセルフ・プロデュースで、「Back To The Egg」ではじめて外部のプロデューサーを起用した。
ポールはクリス・トーマスの勧めでYMOを聴き、かなり気に入っていたらしいが、ミカと高橋幸宏のつながりがなければ、クリス・トーマスもYMOを聴いていなかったかもしれない。
 

奇跡的。

もしポールが「Back To The Egg」も今までどおりセルフプロデュースで制作していたら、ポール夫妻とミカにつながりはなかったかもしれないし、そもそもミカが全然クリス・トーマスの好みじゃない顔だったら…ポールが大麻を持ち込まず普通に来日公演が行われていたら

とにかく何かひとつでも欠ければ「NICE AGE」にこのメッセージが吹き込まれることはなかったはずで、ものすごく奇跡的なことではないだろうか。

それにしてもウイングスの来日公演が実現しなかったのが残念でならない。

最後に、一番YMOの影響を感じられるであろうポールの曲。その名も「Frozen Jap」

ちなみに何度も出てくる「クリス・トーマス」を全部フルネームにしたのは「クリス」だとクリス松村の顔がよぎってなんかイヤだったから。
 

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  1. 何かを分析しているようで結局何も解説してないですね。

  2. 22番はポールが留置所で呼ばれていた番号。

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